私はこれまで日中の遺棄化学兵器被害者の方々やヒ素による公害被害者の方々に出会ってきました。遺棄化学兵器の処理事業には多額の税金が投じられている一方で、曝露した被害者は仕事や家族を失ったり差別をされたりしながら、今なお続くさまざまな症状に苦しみ、生活や医療のサポートを受けることなく、自力での生活を強いられています。

 こうした遺棄化学兵器や遺棄化学兵器やヒ素による被害者の方々の現状を目の当たりにしてきた私にとって、ヒ素を含む有害廃棄物をまた埋めて、将来、新たな被害を生んでしまうかもしれない最終処分(埋設処分)に自分の税金が投じられ、加害の一端を担ってしまいかねないと思うと、何もせずにいるわけにはいきません。

 遺棄化学兵器処理事業の予算執行額累計は2021年度で約3,847億円にまで上る莫大な税金が投じられた一大国家プロジェクトであるにも関わらず、ヒ素含有有害廃棄物の最終処分について十分な説明もなされないまま進められています。この最終処分場選定経過について、私たちは知らなければならないし、政府はどのような議論がなされているのかを明らかにする責務があるということを皆さんと共有できたら嬉しいです。

 遺棄化学兵器処理事業は、日本が1995(平成7)年9月15日に、また、中国が1997(平成9)年4月25日に化学兵器禁止条約を批准し、1997(平成9)年4月29日に同条約が発効したことから、日本が遺棄締約国として旧日本軍が中国国内に遺棄した化学兵器の廃棄を行う義務を負うものとして進められている条約上の義務に基づく事業です。

 2000(平成12)年9月、黒龍江省北安市における第1回発掘・回収事業を実施して以降、これまでに中国各地から約9万発の遺棄化学兵器を発掘・回収され、保管されています(令和3(2021)年度末現在)。しかし、多数の砲弾が埋設されていると推定される吉林省ハルバ嶺のほか、まだ中国各地に化学兵器が残っているとされています。

 当初は、化学兵器禁止条約が発効した1997年から10年以内の処理を目指して作業が行われてきましたが、OPCW執行理事会において2度の期限延長を経て、現在は、2027年中の処理完了を目標として事業が進められています。

 

 旧日本軍の化学兵器には、既述のように「きい剤」(びらん剤)・「あか剤」(くしゃみ剤)・「みどり剤」(催涙剤)などがありますが、いずれもヒ素を含む化学物質を含有しているため、遺棄化学兵器を廃棄処理した際には、砒素を含む有害廃棄物が残されます。

 

 その有害廃棄物のゆくえは誰が、どう決めているのか。

 2018年に開催された内閣府遺棄化学兵器処理事業に関する有識者会議において、突如、ドイツK+S社が保有する岩塩坑に埋設処分を検討し、そのための砒素を含む有害廃棄物のドイツへのパイロット輸送が検討されていることが明らかとされました。

 行政機関情報公開法は、「政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うされるようにする」こと及び「国民の適切な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資すること」(法1条)を目的として、行政文書の開示請求権を認めた法律です。この行政機関に対して、保有する文書の開示を請求する権利が、国民主権という憲法原理に由来するものであって、行政機関の保有する情報公開が、政府・行政の公開性と説明責務の実現のため要求されています。

 所管する内閣府遺棄化学兵器処理担当室に対して行った行政文書の情報公開請求に対しては、開示された行政文書6861頁のほとんどすべてが黒塗りとなっています。これでは、「政府の諸活動を国民に説明する責務を全うされる」よう請求された文書の原則開示の趣旨はまっとうされず、国民主権をも損なうことになります。

 

 国会での審議にも付されず、砒素を含む有害廃棄物を国外で最終処分することが決められてしまってよいのか。民主主義を守る裁判でもあると考えています。